08/8/15
鉄道博物館
 お盆とあってすさまじい混み方でした。
こんなときには行くものでは無いとは思いつつどうしてもHMを見てみたかった。

 
 

 

 
 

  今回で四回目のカードとなりました。

 
 
 

 

 
 

  EF5889に「みずほ」のヘッドマーク

 
 
 

 

 
  1994(平成6)年12月に「みずほ」は廃止となりましたが、晩年のヘッドマークは雲のような部分がクリーム色、空に見える部分が白色でいずれも塗装でした。
今回EF58形式に掲出したものは、塗装のものより重厚です。
 「みずほ」は1961(昭和36)年10月に、東京〜熊本間の不定期特急列車として誕生しました。
当初から東海道・山陽本線の電化区間はEF58形式がけん引機でしたが、1963(昭和38)年12月にEF60形式500番代に置換えられました。
このように「みずほ」のヘッドマークを掲げたEF58形式が2年ほどの間、東海道・山陽本線を疾走していたのです。※このヘッドマークはお盆休み明けには取外します。
以上鉄博のメールマガジンより。
 
 
 

 

 
 

 

 
 
 

 
  なぜ135号機には重油タンクが設置されたのか、そしてなぜ現在は重油タンクが撤去されているのか。
135号機は北海道の岩見沢第一機関区で現役を退きましたが、岩見沢の前は小樽築港機関区に配属されていました。
重油タンク設置工事が施工されたのは小樽築港時代のことです。
当時の小樽築港機関区のC57形式は、根室本線の釧路まで往復800kmを越える長距離の仕業を受持っていました。この区間には狩勝峠という急峻なこう配区間もあり、石炭の節約とともに速度性能・けん引力の向上を目的に重油併燃とするために重油タンクが設置されたのです。
 次に小樽築港から岩見沢第一機関区に転属した135号機は、平坦区間がほとんどの室蘭本線の仕業に就くようになりました。石炭の供給も安定し、狩勝峠のような急勾配を走行することもなくなり、重油併燃の必要がなくなったのでしょう、重油タンクは撤去されました。ただしドーム後端の切欠きはそのまま修復されなかったのです。以上鉄博のメールマガジンより
 
 
 

 

 
 

「ず」ではなくて「づ」であったのですね。でもローマ字だと「ZU]なんですね。

 
 

ホームへ戻る

 

 

【運営会社「パラダイムシフト」サービス】

無料ホームページ   携帯ホームページ   無料ホームページ作成   レンタルサーバー   ブログ   ホテル   アンドロイド   タイムセル   口コミ   格安国際電話   宿泊料金比較