「という訳で。うん。探して。え??無理?無理ってのはね、最大限の努力をしてから
許される台詞だよ。こっちも今回切実に困ってるんだ。そっちも困ってくれないと
困る。足と頭を使ってよ。…分かった?ではよろしく。」
ぷつん。
異様な冷気を漂わせて携帯を放り出した主人に恐る恐るグレミオが声を掛けた。かわいそうにパティシエ愛用の白い帽子は緊張した両の手で握りしめられくしゃくしゃだ。
「坊っちゃん…。」
「話はついたよ。」
くるんと椅子を回転させてグレミオに向き直る。
「ジュッポには追っ手を掛けたから多分すぐに見つかるだろ。遅くとも明日の夜中には
連れ戻す。そもそも奴が凝りまくって色々な機能を付けちゃったから他の技師には直せ
ない癖のある機械になったんだから、その責任はきちんと取ってもらわないと。
カマンドールとゲンも手配したからちゃっちゃと直させるよ。」
「さすが坊っちゃん頼りになります!(追っ手と言うのがちょっと気になりますが…)
ジュッポさん、明日の夜には戻って下さるんですね?!それは良かった………!!!
いや、全然良くないですよ!もうクリスマスケーキの製作に入ってるんです!予約も
たくさん入ってるんです!それまで一体どうすれば!!」
「うちには技術者が3人も付いている訳だからねえ。修理と平行してついでに仮設の機械
も作らせる事にした。」
「仮設…ですか?」
「作業が遅れてるのは分ってる。でもうちは作り置きなんてしない主義だ。2号店には
同じ施設があるけどあっちも今営業は順調で余分な仕事を受けられる余裕なんてない。
タイムリミットは当然動かない。でも作業時間は確実に減ってる。万一お客の指定日に
間に合わなかったりして信用を無くすのはもっとごめんだ。
そうしたら機械と手を増やすしかない。そうでしょ?」
「え?まあ…そうですが…。」
「それから、この事はあまり騒ぎ立てないよう。バイトの子達には言わないでいいから。
不安や動揺がお客様に伝わるのは避けたい。」
「はあ…。」
「という訳。」
「ですが、坊っちゃん。手を増やすと言っても…機械がいつも通り動いていても毎年後半
は毎晩徹夜に近い作業で注文をこなしているんですが。毎年確実に注文は増えています
し。それにいきなりよそから職人を連れて来る訳にも…。」
「グレミオ。」
「なんです?」
デスクに頬杖をしたエンの瞳は普段見せない真剣味を帯びていて、ダークブラウンの瞳では確実な支配権をもってグレミオを捕らえる。
「グレミオなら出来ると思って言っているんだけど?」
(ああ、来ましたよ、こういう時には必ずこんな手を使って来るんですよねえ、やはり
そう来ましたか。)
逆らえない事は分っているのでそれを口にしたのはちょっとした嫌みのつもりだったのだが、すぐにグレミオは激しく後悔した。
「それは…「一生のお願い」ですか?」
ぴくんと肩が震え案の定「一生のお願い」に反応したらしい目の前の主人は目を伏せる。
これは彼にとってきっと特別な言葉だったはずだから。
「……「一生のお願い」…うん。そういう事かな。」
その表情は事情を知るものにとっては胸に痛いような表情だった。
(私はなんという事を------------!!)
一瞬のうちにささやかな反撃を後悔したグレミオにはもうこう返事するしか道は残っていなかった。
「申し訳ありません、ぼっちゃん!!出過ぎた事を言ってしまいました!!」
「グレミオ…。」
「分かりました、お任せ下さい!このグレミオ、命に変えても注文はきっちり上げて
みせますとも!」
「頼んだよ。」
「はい!!!!!もうこのグレミオ、骨は小麦粉に埋める覚悟です!!」
燃えるグレミオの背後ではエンがぺろりと舌を出していた。
もちろんこの事はグレミオには知る必要のない、
----------------むしろ知らない方が幸せな事だったが。
それから姑くの間、夜の「エトワール」本店の厨房にはオーブンの唸る音や製菓によって生じる音に加え謎の悲鳴や鞭のしなる音、溶接の音、謎の機械音、更に時折意味不明の笑い声などが響きわたり周囲の住宅を恐怖のどん底に陥れたと言う-----------。
| 2001.12.23 |
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→ACT.3
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