魔術師     

魔術師




-----------すべてが。



すべてが終わった。


果たすべき責務は苦渋を孕んで、それでもなんとか果たす事が出来た。
生まれ故郷には既に戻らねばならぬ場所はあるはずもなく。
少なくとも自分はそう納得していたので別段気にしてはいなかったがそのまま背を向けて
出て来た。
たった一つ心残りはあるにはあったが今は顔を会わせる気にはとてもなれなかった。
それが彼女の為だろうし、生きてさえいればまたどこかで会う事もあるだろう。



国境を越えて気の向くままに街道を進む。
乾いた土に残る轍の後をのんびりとした足取りで歩いていると、前方に大きな木と辻が
見えて来た。

(確か…こっちの道で良いんだよな)

さして木に留めず通り過ぎようとした広葉樹の幹から突然、ずるり、と何かが滑り落ちて
来たのを視界の端で捉えて慌てて木の所まで駆け戻る。
お人好しが服を着て走っているとは正にこの事だ。(え?)

「おい、大丈夫か?!」

根元に倒れ伏す人間の姿に思わず手を差し伸べ、抱き起こして…抱き起こして…。
肩を支えた手を離さなかっただけ彼は成長していたと言えよう(笑)その身体を地に
落としていたら間違いなくその身には災いが降り掛かっていたはずだ。
それはもう、間違いなく断言出来る。

「し、ししししシエラあああッ----------?!」
「…………んん?」

腕に抱えた小柄な少女は紛れもなく月の紋章の正当なる継承者にして吸血鬼の始祖・
シエラその人だった。
ルビーの瞳はゆっくりと開かれ数回まばたきを繰り返し、翡翠の瞳と視線を結んだ。
桜色の唇がうっすらと開かれる。

「なんだ、おんしか、荷物持ち」
「-------って誰が荷物持ちだコラぁっ!!!!……そうだ、お前!あっちこっちで
 適当な事吹聴して回っただろう!!!お陰で俺は要らぬ恥をなあ!!!
 (↑外伝vol.2 参照の事)
 って大あくびしてるんじゃない!聞いてるのか!」

まくしたてるナッシュに一瞥をくれるとちょいちょい、とシエラの白くほっそりした指が
手招きをする。
何ごとかと思わずナッシュは顔を寄せた。

「???!!!!!!!!」

突き抜けるように、既に馴染みになった雷撃が身体を走る。

「声が大きい。鼓膜がどうかしてしまいそうじゃ、うつけ。」
「……いきなり雷鳴の紋章ですか……(T_T) 」
「おんしも学習と言う事を知らぬ男よの」
「……………」

「…シエラ?」

急に静かになった相手に訝るようにナッシュの眉が顰められる。

気付くとシエラがじっとこちらを見つめていた。
何を考えているのか図りかねるその存外に真剣な真紅の眼差しが妙に居心地悪い。
まるで本物の少女に見つめられているような気分になる。
居心地が悪い。

でも何故?

「で、そちらさんは?一体全体どんな事情がおありになってあんな場所から落ちて
 こられたんで?」

奇妙な感情に囚われ発した言葉はどうしても自分の真意とは異なるニュアンスを含んだ
のに気付いて何故か少し胸が痛んだ。
久し振りに会ったと言うのにこれではちょっとあんまり過ぎるか、と思いもしたが。
よく考えたらどっちみち素直に再会を喜ぶような間柄ではなく、それはむしろお互い様
と言うものかも知れないと思い直す。

「…匂いがするな」
「は?」
「ふん…」

いつの間にか地面に尻餅を付いたような格好になっている自分に視線を合わせるような
形で、四肢を地面に這わせたシエラが静かに呟いた。
姿勢的にすくい上げるようになる視線はからみ合ったまま。

「…な、なんだ?」
「確かに小娘や獣には受けは良いようじゃな。随分懐かれたと見える。
 …染み付いておるぞ」

ナッシュの肩のあたりをそっと見かけだけは少女のふりをした白い指を這う。

「…だから何が?」

(硝煙の事を言ってるのか?それとも血の匂いか?)

何の事だかさっぱり分からないといった様子のナッシュは自分の外套の肩口あたりの匂い
をそっと嗅いでみた。
何度試しても鼻に感じられるのは親しんだ火薬の匂いと僅かながら残った血の残り香
だけ。

「そんなに気になるか?でもしょうがないだろ。これでも俺だって色々と修羅場に巻き
 込まれてるんだから火薬の匂いくらい…?えええ?」

ナッシュは珍しいと言えば珍しすぎる光景に息を呑んだ。
至近距離で吹き出したシエラの方はと言えばナッシュの事などお構い無しに押さえよう
ともせず笑い続けている。
呆然とするナッシュの前でひとしきり笑うと気が済んだのか、涙を指で拭った。
息を整えて続ける。

「やはり面白い男じゃ。お陰で退屈しないで済んだわ」
「はあ??」
「願うが良い。縁がある事をな」
「おい、シエラ!!!」


「ではまた…な、ナッシュ」
「!!!!」

一瞬白煙が辺りに満ちたかと思うと微笑をたたえたシエラの姿はその場からかき消えた。
軽い羽音がしたような気がするが、それも現実の事なのかどうか。
神出鬼没な吸血鬼は去り際も鮮やかだ。
魔術師を呼ばれる事もある自分よりも一枚上手かな、などとぼんやり考える。


(なんだったんだ、あいつは)


約束を交わした訳ではないけれど。
シエラがああ言うからにはまたどこかで逢う事もあるのかもしれない。



「まあ、こんなのも良いかな」


ナッシュは荷を拾いぶらぶらと歩き出した。
心の中で先程より少し軽くなった足取りに苦笑しながら。



2001.08.16
う〜〜ん、最初に考えてたのより色っぽくなくなっちゃった。どうして私が書く文章ってこうなんだろうか。通り魔シエラ様、もうちょっと焼きもち焼く予定だったのになあ。何はともあれ初シエラ×ナッシュ。男女なんだからナッシュ×シエラなんじゃないの?と疑問に思われた方、シエラ様にはナッシュなんて小僧なので適う訳が無いのです。そもそもナッシュには引っぱり回されたり巻き込まれたりしておたおたしてる方がお似合いだし。という訳でシエラ×ナッシュ推奨。文中の小娘は…分かるよね??ミリー、メグ、ビッキーの外伝vol.2、3章ルート三人娘です。

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