ここ最近ビュッデビュッケ城はこの上なく生気に満ちていた。
というのも、グラスランドとゼクセンの軍が炎の英雄の継承者たるヒューゴさんの元に集い、
ここがその本拠地に使われる事になったからだ。
以前は埃の溜まっていた廊下も行き交う人が増えたお陰で埃の溜まる暇も無い。
そんな中でも更に喧噪に満ちているのはやっぱりここ、酒場だった。
ここはいつでも人がいて、楽しそうに食べて、飲んで、歌ってそして賑やかに喋ってる。
僕は人の沢山いる雰囲気が割と好きなので、良く酒場へも足を運ぶ。
と言ってももちろん飲むのはノンアルコールのジュースだけだけど。
「トーマス、これそこの酔っ払い達に渡してやってよ」
「はい、アンヌさん」
「悪いね」
「いいえ」
アンヌさんから受け取ったおしぼりを手に僕は自分のいたテーブルへ戻る。
テーブルには酔っ払いさん達が二人。
どんな時もグラスを離さずお喋りに興じていた。
「はい、ナッシュさん」
「おう、これはわざわざどうもすまない、城主様」
おしぼりを差し出すと目の前の金髪が揺れた。
気取った仕草で一礼してみせるナッシュさん。こうしてればカッコ良いんだけど…。
ナッシュさん、僕そっちにはいませんよ?
それは花瓶です。
「城主様はやめて下さい。それにそれを言うなら今の城主はヒューゴさんでしょ?」
「あああ?フーバーがなんだって?」
赤い顔でナッシュさんに聞き返しているのはジョーカーさん。
(でも何故かナッシュさんだけはワンさんって呼んでます)
なんでも二人は古くからの付き合いなんだそうで。
二人とも人当たりが良い方なので、僕が酒場で1人でいたりなんかすると声を掛けてくれたり
します。
そんな時は僕もジュース片手にお話の輪に加わる事にしてます。
と言っても専ら話の聞き役に回る事が多いんだけど。
今までずっと母さんと二人で静かに暮らして来た僕にとって、今までこんな機会は滅多に
無かったので、結構新鮮な体験です。
「ワン、あんたもすっかり弱くなっちまったねえ。そろそろ隠居した方が良いんじゃないか?」
「何を、おぬしいつまで自分だけ若造のつもりじゃ。既にすっかりしっかり100%オヤジの
仲間入りじゃ、自覚せい。」
「俺はあァ、今が華なのこれからなんだよ!」
呂律の回らない口調で叫びテーブルを叩いたナッシュさんの手元で空の酒瓶が音を立てて
横になる。
テーブルの上には既に空になった酒瓶が数え切れないくらい、まるで森のよう。
被害が広がらないよう慌てて周りを片付ける僕の前を、その酒瓶はゆっくりと転がっていった。
「……」
「……」
ごろんごろんと視界を横切っていく瓶を酔っ払いの視点の定まらない視線が追う。
吊られて僕も思わず目をやる。
ごろんごろん。
ごろんごろん。
ごろごろ----。
「あああ、あぶない!」
なんとかテーブルから落下する寸前で瓶を捕まえる事が出来た。
どうして二人とも見てるだけなんですか?!
「…危ないだって」
「ああ、危ないのう」
「……ぷ、あっはっはっはっは!!」
「……うわははははははは!!」
何がおかしいんだか分からないけど、二人は一斉に笑い出した。
涙まで流してひいひい言って笑ってる。
はあ。
困ってアンヌさんの方を窺うと、目を瞑って呆れたように首を何度も左右に振っていた。
そして僕にだけそっと目配せしてみせる。
確かに時計を見れば僕のような子供にはそろそろ夜更かしに入る時間になっていた。
そろそろ引き上げないとまたセバスチャンさんに心配を掛けてしまう。
「あの、ナッシュさん、ジョーカーさん、僕そろそろ失礼しますね」
周りの酒瓶とお皿を持てるだけ持ってカウンターに向かう僕に、ナッシュさんが笑顔で手を
振ってみせる。
「ああ、そうだなおやすみ、トーマス。良い夢を」
「ワンさんもあまり飲み過ぎちゃダメですよ?」
「おう、わかっとるよ少年。おやすみ。」
二人と、アンヌさんに挨拶して僕は酒場を後にした。
あの二人とか、年長の男の人達が飲んでいる横にいるのは結構楽しい。
喧嘩が始まりそうな時はハラハラするけど、酔っぱらって騒いでいるのを見ているのは
好きだ。
ナッシュさんはちょっと若いのかもしれないけど、ワンさんは多分僕の…父さんとそんなに
年は変わらないだろうか。
父さんとお酒の席に同席した事はないけれど(と言っても夕食も供にした事もないけれど)
僕も、父さんが普通に家にいる父さんだったらこんな事言って貰えたんだろうか。
他にも他愛の無い話なんかして、「おやすみ」なんて笑ったり出来たんだろうか。
「まあ、仕方ない…かな」
見上げた夜空はとても冷たくて、僕は慌てて扉を閉めた。
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| 2003.02.25 |
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